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入門!論理学

2007年04月22日 23:26

あるいは、もう少し正確に、でもちょっと変な言い方をすれば、論理学は日本語文法の一部であり、かつ、日本語文法を越えている、そう言いたくなります。

入門!論理学入門!論理学
野矢 茂樹

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野矢さんの本。はずしたくない著者さんの一人。そして、当然、この本もかなり面白かった。

論理学に入門しつつ、ついでにその本質に触れてみよう、という本。そのテーマに沿う形で、汎用性の高い言葉たち、「?ではない」(否定)、「かつ」(連言)、「または」(選言)、「ならば」(条件法)、「すべて」(全称)、「存在する」(存在)、が丁寧に扱われている。

まずはこれらの言葉の論理法則を明らかにする。明らかにするためには、その言葉を使った命題が何から導かれ(導入則)、そしてその命題が何を導くのか(除去則)が問題になる。

たとえば、「かつ」について「AかつB」という命題を考える。
どういう時に「かつ」を使った命題が作れるのか(「かつ」を導入できるか)
どういう時に「かつ」を使った命題を分解できるのか(「かつ」を除去できるか)
これが「かつ」という言葉を知る上で、重要になる。

何か難しそうな雰囲気(?)だけど、実際は単純で、
「A」という命題と「B」という命題から「AかつB」という命題が得られる。
これが導入則(笑) 「A,B→AかつB」とか書いてあったかな。これは、「Aが正しい」と「Bが正しい」が別個に与えられた場合、「AかつBが正しい」が言えるということに等しい。

また除去則は、書き方をまねると、
AかつB→A
AかつB→B(除去則)
こんな感じになる。「AかつBが正しい」を「Aが正しい」と「Bが正しい」の二つに分解し、「かつ」を除去できる。

これぐらいなら、当然と言えるかもしれない。でも、これを上記のたった6つの言葉について繰り返すだけで、驚くほど広い世界が開ける。そして、それですら論理学の入り口なんだよ、ということが本書では語られている。

普通の論理学の本なら入り口から記号を使いまくって説明されるそうだ。だが、この本では記号を使わないことにこだわっている。その分、冗長に見える表現が増えるが、それはそれで趣き深いし、飽きないように配慮されてる。たとえば、文章はできるだけ軽い口調で面白いし、トピックも豊富だ。野矢さんの意図としては、記号を使わないことで、論理学の入り口をよりナチュラルに体験できるのだとか。

満足の一冊だった。論理学について少し勉強してみようかな、とも思う。
僕の評価は★★★★★(星5つ)
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む

2006年12月09日 00:30

『『論理哲学論考』を読む』という本書は、まさに『論理哲学論考』を読む本なのである。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む
野矢 茂樹 (2006/04)
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さて、僕の大好きな野矢さんの本。カバーに野矢さんの写真。ノリノリなのか、茶番だと思っているのか分かりづらい表情が面白い。

本書も面白かった。『論理哲学論考』に対する理解は深まったと思う。でも、僕の中では、今までの野矢さんの本に対する満足の度合いから言うと、厳しい。とりあえず、面白かったという前提で、僕が減点に感じた点をあげてみようと思う。

まず、胡散臭い。哲学って、胡散臭さがいやだ。相手が反論できなければ、それでいいのか?その微妙な例は一般性があるつもりか?その議論で、実際本人は満足なのか?
そんな疑問がとめどなく出てきて、こんな疑問が出てくるような主張は嫌いだ。だって、騙されたような気がするんだもん。僕は頭の固い人間なのだ。

で、今までの野矢さんの本はほとんどこういうのがなかった。それはある種感動だった。ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』もそういうのがなかったような気がする。(これは僕の理解が足りないだけな恐れも強い)

が、この本は、胡散臭かった。
非常に残念だった。

そして、次が、あまりにも恣意的に見える『論考』の読み方。論考がどう解釈されているかという知識をある程度前提にしていると思う。だから、めちゃくちゃあっさりと切り捨てるところがあったりする。
さらに、「このように書いてるから、むしろこうだ」という感じで書いてことと逆に見えるような結論を導き出したりするから、もう意味不明。

『論考』を読んでるんじゃなくて、大筋は野矢さんの考えが述べられているだけ、という印象だった。それに必要な論考の一部や、その他の資料を都合よく引っ張ってくる。そういう部分を通過するとき、モチベーションの維持が大変だった。

ただ、それでも面白かったという印象が残っている。名と対象の関係などに関する、論考の前半部分の理解が大きく進んだことも大きいだろう。実際、この本の出だし付近はかなりのめりこんで読めた。
そして、ウィトゲンシュタインの言葉の引用が僕のモチベーションをところどころで回復させた。
特に、
幸福に生きよ!

なんて痺れたなぁ。
ウィトゲンシュタインみたいに内へ内へこもっていきそうな人(僕の勝手なイメージ)が、こういう言葉にたどりつくのが凄い。

幸福…

ウィトゲンシュタインがいかに必死に考えていたか、その事実が感動だ。
読み終わって清清しい。

僕の評価は★★★☆☆(星3つ)
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論理哲学論考

2006年10月15日 17:33

およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、ひとは沈黙せねばならない。


論理哲学論考 (岩波文庫)論理哲学論考 (岩波文庫)
野矢 茂樹

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野矢 茂樹さんが訳した論理哲学論考。
難しかったが、その表面だけはなぞれた気がする。
コツがわかるまでは読むのも大変だったけど、実はけっこう親切な流れだったと思う。
野矢さんの注釈もしっかりしているし。
それでも、深い部分には入っていけないし、ちゃんと理解したかと聞かれると「怪しい」と答えざるを得ない。

ここまで簡単に言ったら不愉快になる人も多いだろうが、人間の思考の限界について語ったもののようだ。
語られるものと、示されるもの。
示されることは語りえない。
それを語ろうとした哲学の問題は全てナンセンスで、このことをもって、ウィトゲンシュタインは

問題はその本質において最終的に解決された


と言った。
つまり、今までの哲学の問題は、問いかけ自体が間違っていたから解決なんて不能。
そういう証明をしようとした本だと思った。

僕はけっこうこの意見には賛成だなぁ、とか思う。
哲学の問題ってどれも、インチキ臭くてしょうがない。
答えられない問題を得意げに提示してる気がしてならなかった。

後、ラッセルのちょっと悲しい解説も見ものだった。
なんか話がずれてる気がするのは、パッと読んだだけで分かる。

この本の僕が最も興味深かった点はその言葉の強さだった。
最後にそれをいくつか引用して終わろうと思う。

そしてもっとも深遠な問題が実はいささかも問題ではなかったということは、驚くべきことではない。


哲学は、語りうるものを明晰に描写することによって、語りえぬものを指し示そうとするだろう。


矛盾はいわば全命題の外側に消え去り、トートロジーは全命題の内側に消え去る。


ものにはア・プリオリな秩序は存在しない。


語りえぬものについては、沈黙せねばならない。



もっとあるけど、こんなもんで。
こんな言葉を集めながら本を読むのも楽しいなぁと思ってみたり。

評価は★★★★☆(星4つ)
よく頑張った、と自分をほめたい。
実際は、論理哲学論考には間違いがあるらしいんだけど、僕はもう満足。
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