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アンガー・マネジメント

2008年12月11日 01:24


「『なぜ自分は怒るのか?』の原因を徹底して追及するよりも、『自分は怒りをコントロールしてどのようになりたいのか?』を思い描いていこう」


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安藤 俊介

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この本は、安藤さんからいただきました。
とても嬉しかったのですが、なかなか記事を書けず…
申し訳ない限りです。
申し訳なさとは関係ないのですが、この本、なかなか面白く読めました。

「怒り」をどうやってマネジメントしようか、という本。
僕みたいにイライラしやすい人間としては、エッセンスをゲットしておきたいところ。
それがけっこうサラッと入ってくる。
マネジメントするコツは一言で言うと、「いかに自分の怒りや怒りの元を客観視するか」

怒りそうな瞬間、いかにその状況を自分から引き離すか。
怒ってしまった経験、それをいかに分析できる状況に変えるか。
そして、怒らない仕組みを作っていく。
まとめてしまったらそのまんま過ぎる気がするけれど、この本のいいところは、納得しながら実践できそうなところ。
やるべきことが具体的で、読後に気持ち悪いところも残らない。

ちょっと難を言うとしたら、薄いかもしんない。
同じ内容を身につけるのに、一冊の本が必要かな?
十分文字数は少ないけれど、実はもっと少なくてもいいんじゃないかという気が若干…

僕の評価は★★★★☆(星4つ)

少し前に読んだ「 もう、不満は言わない」という本もネガティブな感情を追い出す悪くない提案が書かれていた。
自分の気持ちを客観視し、ネガティブな感情が起こらない仕組みを作っていくというところは似ている気がする。
あっちも若干薄く感じてしまったのだけれど、特に自分の行動の客観化部分に関してはかなりお気に入りの本だったりする。
流行っている方向性なのかな?とちょっと気になってみたり。

そういえば、一つ思いついたことをメモしておこう。
自分の嫌いな気持ちを消していくために、自分から遠くに置くという手法があるなら、歓迎すべき気持ちをできるだけ近くにもってきて、モチベーションを上げたりできそうな気がする。
今すぐ仕事に集中できる!みたいな方法があると、僕みたいにダラダラした人間にはとってもいい気がするんだけどな…

関連する記事
もう、不満は言わない
最後の授業 ぼくの命があるうちに
アマゾンのレビューはこんな感じ。

悪くない評価を受けている。
今のところ星は5個。

内容はしごく普通。
ビジネス書だし、ネタばれも何にもないけれど、具体的な内容がぼやけていて、内容が気になる感じだ(笑)
気になる方はアマゾンのレビューも読まれてみてはいかがでしょうか?
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コメント

  1. さーにん | URL | -

    こんにちは。

    私はどちらかというと、怒らなくちゃいけないところできちんと怒りを表現できないタイプなんです^^;;
    ま、その場は事なかれで収まるので悪くないかもですが、ウチにこもった怒りが、別のタイミングで別の場所に出ちゃったりしますからね^^;;
    (↑八つ当たりという)
    そういうアンガーマネジメント術も教えてくれる本だったら読みたいです~。

  2. 安藤俊介 | URL | -

    こんにちは。著者の安藤俊介です。
    この度は拙著の書評を誠にありがとうございました。

    今回は入門編ということで、すぐに実践できる具体的なテクニックを中心に書きました。

    アンガーマネジメントは、実践してこそ価値あるものですからね。

    今後ともよろしくお願いします。

  3. MaThy | URL | OARS9n6I

    さーにんさん

    最終的に怒りが噴出しているなら、その怒りに関してはマネジメントできるようになるかもしれませんよ。
    ま、使えるかどうかは人に寄りけり、だと思いますが、それでも使いやすく書かれている本だとは思います。

    たぶん、怒った方がいい時ってのは否定される考え方に近いかもしれません。
    僕も怒った方がいい時なんてないと信じたいです。

  4. MaThy | URL | OARS9n6I

    安藤さん

    こんにちは。
    ご本人がいらっしゃってくれるとは…
    ありがたいような恥ずかしすぎて若干泣きたいような(笑)
    ただで読ませていただいて、その上、偉そうなことを書いて本当に申し訳ありません。

    >実践してこそ価値のあるもの

    たぶん、実用書はそういうものが書かれているべきだと思うのですが、本当に実践できそうなことが書かれている本がどれくらいあるか?と問うと、がっかりな結果が多いと思います。
    その点、安藤さんの本は心地よく読めました。
    良い本いただいて本当に嬉しかったです。
    ありがとうございました。

  5. さーにん | URL | -

    想定しているシーンが違うかもしれないですね、なにぶんタイトルの本を未読なもので見当違いだったらごめんなさい。
    でも、怒ったほうがいい時というのはあると思いますよ。こういう言動は人を怒らせるものだと子供に教える意味でとか。
    あと「怒り」は人のなまの感情ですから、ぶつかりあうことによって関係を深めることも可能、というか、良い時だけを見せていては深めることは難しいかも?
    もちろん見せる人は限られるわけで、ふつうの社会生活での話しとは違うと思うけれども。

  6. MaThy | URL | OARS9n6I

    さーにんさん

    僕の言葉、全然足りてないですよね。すみません。
    不快な思いをさせてしまったなら、本当に申し訳ないです。

    取り繕うようにいろいろ考えて書いてみます。
    …って、ものすごい長くなっちゃいましたが(笑)

    まず、解決できそうな方から。
    子供に教える場合です。
    こっちの話は「怒る」という言葉も確かに使いますが「叱る」により近い意味ですよね?
    で、この本の「怒る」の読み方は「いかる」の方が近いようです。
    少なくとも「対子供」の場合は、「腹が立ってない場合」のように見えますが、どうでしょう?

    残りのパートはいろんな意見がありそうですね。
    人生経験はすこぶる浅いですが、僕の考えを書いてみます。

    …その前に、先に書いておきますと、この本でも怒ることを完全には否定していません。
    「怒っちゃう時もあるだろうさ、人間だもの。でも、怒りの感情の100%が相手のせいじゃないだろう?あなたは相手が悪いと思ったけど相手のこと勘違いしてない?相手の行動や怒りの理由を知っている?あなたの機嫌、いつもより悪くなかった?あなたが怒りの原因に気づいたらちょっと変わるかもよ。そんな感情すら起こらなくなったら、もっと変わるかもよ。you、変わっちゃいなよ」
    こんな感じのスタンスでしょうか(笑)
    これ以上のことをこの記事やコメントから読み取られたなら、その部分は全部僕の意見です。
    この辺りも混乱の種ですよね…すみません。

    怒りの感情の起源についてはこんなことも書いてあります。
    もともと「食べ物を捕獲する」「敵から逃げる」ための感情だった、ということです。
    そのために、血圧を上げたりするための感情だった、と。
    なまの感情としての「いかり」ってのが、本来、襲う・襲われる状態などで発揮されるものだとすると、それを人間関係の中で使うのは正しいんでしょうか?
    違うんじゃないかな、というのが僕の意見です。

    もちろん、怒りの感情も複雑に発展しているんでしょう。
    でも、自分にも原因がある場合、それは相手に本来ぶつけてもいいものなんでしょうか?
    大体、自分に原因がない怒りってどれくらいあるでしょう?
    相手が100%悪いことをされたとしたら、程度の違いはありますが、それこそ「襲われた」状態ですよね。
    そんな時にマネジメントしてる場合じゃないのは分かります。

    自分はちょっと汚い感情を相手にぶつけてしまったぞ、と思った時にマネジメントしたくなると思いませんか?
    僕はそんな時、自己嫌悪に陥ります。
    僕は、汚い感情だと知りつつ、大切な人にぶつけるような人は、頑張ってでもやめたいです。
    怒らない側にいけるなら行きたいな、と。
    ビジネスの場で発揮されるのが本来の「アンガー・マネジメント」だと思いますが、僕としては僕の友達や恋人に対しての「ふつうの社会生活以外」の場面で、より切実です。

    さーにんさんの言うように、ぶつかり合って、発展する関係もあるんでしょう。
    でも、それって怒りがむき出しのものなんでしょうか?
    得られた関係は、怒ったからこそできた関係なんですか?

    僕はこの辺りがちょっと信じられない訳です。
    で、「僕も怒った方がいい時なんてないと信じたいです。」と書いた次第です。

    これは、きれいごとなんですかね?
    いつまできれいごとだけで生きていけるか…
    ちょっとしたチャレンジです(笑)
    とにかく、この意見は、僕の人生経験が深まるほど、きっと変わっていくと思います。
    でも、今のところ、こんな風なことを考えており、この本に反応した訳です。

    どうでしょうか?
    まだ言葉の足りないところなどありましたら、是非教えていただければ、と思います。

  7. さーにん | URL | -

    MaThyさん、こんにちは。
    ご丁寧な説明を、ありがとうございます。恐縮です。
    不快になるなんて。こちらは気儘に思う事を書かせていただいてしまったけれど、MaThyさんのご意見に反論する形になっていましたから むしろMaThyさんに申し訳なかったかなとm(_ _)m


    怒りは本能に近いところに起因する感情、同感です。

    であれば、マネジメントが必要な場は多々あり、また、怒りをきちんとコントロールできる(というより怒らずにすむ?)穏やかな人柄に憧れもするけれども、もともと人間が持っている物を醜いというような否定的な見方をするのは、やはりつらいかなと思うのです。
    食欲や性欲と同じ程度の認識で良くないかなあ。お互い受け入れてくれると感じる間柄では見せて良いし、必ずしもお互いを傷つけるだけで終わるものでもなく、理解が深まったりすると思うのだけれども。

    >得られた関係は、怒ったからこそできた関係なんですか?

    「あなたに(自分を)ちゃんと知って欲しいから、どこまでムカついたかもキチンと話すんだ」
    こんなイメージなんですけど、どうお感じになりますでしょうか。

  8. MaThy | URL | OARS9n6I

    さーにんさん

    いやいや、申し訳ないなんて申し訳ないです。
    それに、僕のが反論みたいですよね(笑)
    しかも、長いので一見丁寧ですが、ダラダラしているだけでポイントが掴めないですよね、僕の話…
    本当に申し訳ないです。

    >あなたに(自分を)ちゃんと知って欲しいから、どこまでムカついたかもキチンと話すんだ

    やっぱりさーにんさんは優しいんですよ。
    子供の話もそうですが、これを一般に「怒り」とは言わないんじゃないでしょうか?
    凄く冷静なコミュニケーションのようです。

    本能的に怒りが出てくるようなシチュエーションというのが、実はマレなのではないでしょうか?というのが僕の意見です。
    大事な人とのコミュニケーションでなら、特に。
    この点で、意見が分かれていると思うのですが、どうでしょう?

    この点で違うとしたら、やっぱり人生経験でしょうか?
    僕もこれから、大事な人が僕の大事なものを奪おうとしている、みたいな状況に会うんですかね?
    泣きそうです(笑)
    それまでは、のんびり大事な人の優しさを信じておきます。

  9. さーにん | URL | -

    こんにちは~

    >子供の話もそうですが、これを一般に「怒り」とは言わないんじゃないでしょうか?
    凄く冷静なコミュニケーションのようです。

    うーん、どうでしょうか。
    子供に教えようと意図している場合は、確かにそうですね。子供には「怒り」として表現するけど、内心は「教え、諭す」ですものね。
    でも、教えようと意図せず「怒り」を表現してしまい、結果として何かが子供に伝わることもある気がします。

    たとえば子供が道路に飛び出して、あわや車にぶつかるところだった
    →なにやってるのっ!危ないじゃない!バチン!(←手が出た^^;;)

    これなんかは、私も覚えがありますが、突発的に出てきて抑えられない感情で、相手に「怒り」と受け止められるものかなと思うのですけど、結果として伝わるのは「あなたが無事で良かった」ってことなんですよね。

    こういうのは原初の「怒り」とは違うと思うけど、今の自分の「怒り」の範疇ではあるので、本書を読んでいないので方向性がずれているかもと思いつつ「見せても良い場合」もあると考えました。

    子供に限らず、対等な大人同士として、大切な人に表現するのも同じようなテンション、
    なので、冷静とは違うかも^^;;;;

    もちろん、相手の無事を願うあまりの怒りだけとは限らず中には相当手前勝手なものも含まれていると思いますが、^^;;;;

    そういうのを含めて自分という人間がある、それを受け入れて欲しいしきっと受け入れてくれるだろうと思う、
    そう思えることが大事な人への信頼感、安心感につながるかなあという気もします。

    しかし、私の考えているのは、感情的ななにか、で、おそらく本書のテーマでありMaThyさんの考えていらっしゃるような本能的に出てくる怒りとは別物なのかもしれません。

    じつは自分の考える怒りの中に、相手を攻撃する要素は想像できても「奪う」は経験が無く、ちっともピンとこないのです。

    相手を奪う、って、食い尽くす感があって怖いですね。
    怒りが本来その目的のための感情で、それを思い起こさせる怒りの感情を自覚したら、これはマネジメントしないとマズイと危機感を覚えるでしょうね。
    大事な人を食べちゃうわけにはいかないですから。

    なんだか長々書いているうちに、少しわかってきたような。
    結局さーにんは、プリプリしたりムッとすることは多々在れど、真の怒りをまだ知らないのかもしれません。

    というか、お返事は遅いわ、こんな場所で長々書くわでKYですね、ホント申し訳ないm(_ _)m
    こりずにまたお話ししてやってくださいませm(_ _)m 

  10. MaThy | URL | OARS9n6I

    …凄く遅くなってしまって本当に申し訳ありません。
    本には関係のない議論なんで、お話自体は読まずにできるもので、僕としてはとても楽しいのですが、さーにんさんが飽きたらいつでも言って下さいね。

    先にちょっと誤解を生んだような点から…
    「奪う」ですが、「奪われる」ことに対する防衛の怒りの場合もあると思います。
    特に人の場合、これが多いのではないかと…
    自分の尊厳が奪われる、自分の大事なものが奪われる、そういう時です。
    何か混乱させてしまったようで申し訳ありません。

    「怒り」に何を含めるか?
    怒ったところに関しては「怒り」じゃないとダメだったか?
    やっぱり、その辺り意見が寄り添わないみたいですね。
    子供さんを叩いてしまう例では、「カッとなった」んですね?
    意図的に叩いた場合は、「叱る」なんで僕が除外したい場合ですが、「カッとなった」場合は「怒り」だと思います。
    ちなみに、この本でも出来事の解釈で「怒り」が生まれると書いてあります。
    上記の誤解パートと合わせて、「自分の大事なものがなくなってしまうかもしれない」という解釈は十分「怒り」につながると思います。

    で、ですね。

    それは「怒った」のがベストチョイスですかね?
    結果的には、子供に伝わったことは同じか近いものでしょうけども、それはお互い最もすっきりできるやり方なんでしょうか?
    「見せても良い」のは全くその通りだと思うのですが…
    たとえば、それがどれだけ悲しい出来事につながるか、ということを真剣に説明するよりも、そっちが効果的ですかね?
    そこまで冷静に考えて、「叩く方が効果的」という結論に達したら、叱ることになるでしょうね。
    でも、それも「怒り」で動いた訳ではないです。
    僕はそっちの方が良い状況だと思うんです。
    …何かややこしい書き方ですみません。

    自分も受け入れてもらえる、ってのは嬉しいのは分かるのですが、別に受け入れてもらえるのがうれしいから、「怒って」見せる訳じゃない気がします。
    たまたま出てしまったものを受け入れてもらえるのと、できるだけ出さないように努力しようとするって別じゃないですかね?

    僕もちょっとずつ自分の意見が見えつつあるのですが、二人とも納得♪みたいな楽しい決着のつき方しますかね(笑)

  11. さーにん | URL | -

    新年明けましておめでとうございます。
    今年もスローペースになりそうな私ですが、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

    なんだかまだKYなのではと心配なのですが、お言葉に甘えてもう少し(^ ^;)ゞ
    対話を通して自分の考えが整理されてゆく感じが好きなのです、つきあわせて申し訳ないm(_ _)m

    >「奪う」ですが、「奪われる」ことに対する防衛の怒りの場合もあると思います。

    そうですね。
    人の場合、怒りに通じるものってすごく多いと思います。
    たとえば、理解できない状況や言葉に直面しても多くの人は怒り出します
    (自分もそうだけど)
    (これは自分に分からない状況=自分に不利な状況=自分が奪われる状況 ってことなのかも? と今思った・笑)。
    こういうとき、自分は何となくその状況とか相手の言葉が気に入らなくて腹を立てたと感じている、でも実は理解できないから怒っている、そこに気がつくと何とかなるというか、理性的なオトナとしてはそこに気がついてナントカしないと恥ずかしいかな と思う。
    なので、これはアンガーマネジメント対象になると思うのですが、MaThyさんのお考えでも一致します?

    >子供さんを叩いてしまう例・・・
    >それは「怒った」のがベストチョイスですかね?

    これは、難しいと思います。
    何がかというと、あるフォーラムで実は似たようなテーマで意見交換したことがあるんです。
    (大元は、叱らない躾は可能か?というテーマでしたが)
    参加者は10人程度で1年半やったんですけど、どこまで行っても意見の一致が見られなかったんですね。
    で、その時のさーにんの立場は「叱らない・怒らない・叩かない」でした。

    子供が道路に飛び出したら、それは子供とキチンと手をつないでいなかった親が悪い。
    子供には身に染むまで繰り返し言葉で伝えれば良い。
    議論でも実際も、そういうスタンスでした。

    でも、実は1度だけ、長女が道路に飛び出したとき「何やってるの、バチン」があったんですね。

    で、そのときからもう10何年たっているんですが、
    長女が道路関係でしっかり覚えていて親の気持ちを感じたのはその時のことだけって言うんですわ^^;;

    そうすると、以前の議論での自分の意見とは食い違うんだけど、やっぱり「見せて良い」場合になり得るかも~ と思った次第で。

    ああ、ちょっと時間切れです、ご免なさい、また

  12. MaThy | URL | OARS9n6I

    おめでとうございます…って、今さーにんさんのブログに書いてきたところだったりします(笑)
    お返事はいただけてありがたい限りです。
    もう、いつ見切りをつけられるかと、ドキドキしてますよ。

    >怒りに通じるもの
    ああ、ものすごくアンガーマネジメントっぽいです。
    ちょっと脇道にそれると、たとえば「理解できない状況」についてですが、「ああ、理解できない」で終わらずに、「この理解できな状況を相手は自分を疎外するために作った」と解釈したりして「怒る」ということになりますよね?
    「奪う・奪われる」で言うと、自分の「尊厳が奪われた」と解釈した感じでしょうか?…ちょっと大袈裟かもですね(笑)
    落ち着いてたら違う解釈できたかも…という話になると、マネジメントな雰囲気が出てますよね。
    というわけで…
    >なので、これはアンガーマネジメント対象になると思うのですが、MaThyさんのお考えでも一致します?
    …に対しましては、僕の考えといいますか、僕が本を理解できているとすると、マネジメントの対象なんだと思います。

    で、叱る・叱らないの話です。
    僕は「叱る」は「怒る」ではないとやっぱり思います。
    「怒る」はあくまですべて「いかる」って呼んで下さいね。
    「叱らない・怒らない・叩かない」はたぶん「おこる」って読む「怒」ですよね。

    後ちょっとした訂正ですが、僕も「見せても良い」とは思ってます。
    「どっちがより良いか」というのが僕にとっては問題です。
    で、「怒ってない時」の方が「いつもより良い」のではないか、という部分が僕の意見な訳です。

    交通規則の話に戻ります。
    交通規則をやぶったら命に関わりますね。
    事故に合う前に、思い切り叱っておけば、悪い結果を避けられるかもしれない、というのは冷静な判断だと思います。
    叩くこともあるでしょう。
    それがいいか悪いかという点はまた別の議論なんで省略しますが、「叱る」のに「怒り」が必要でしょうか?
    怒らずに冷静な状態で叩いた場合同じ結果が出るなら、冷静に最善の方法を検討したいなぁ、と思う訳です。

    …って前回と同じようなことばかり書いてますね。すみません…

    ここからは子育て経験のない僕には全く分からないところですが、本当に「怒って」叩いたのと「躾として」叩いた場合の差が出るのか、ってことですよね。
    子供はある程度、親の必死さを見抜く気はします。
    で、「怒って叱らないと全く効果が変わる」ということになるなら、「怒り」がコミュニケーションで必要になってくるというわけですね。

    今まで両方のやり方を同じ状況で試せた人なんてそんなにいないでしょうから、やっぱりさーにんさんが出席されたフォーラムみたいに、結論はなかなか出ない問題なのでしょうね。

    …話は噛み合ってますでしょうか?(笑)
    何か本当に、言語能力不足ですみません。

  13. さーにん | URL | -

    Re: アンガー・マネジメント

    またしても、とんでもなく遅くなりました。

    まず、今回もとりとめがなくなりましたm(_ _)m
    論文のお忙しい折ですし、どうぞお返事を気になさらないでくださいね。


    はじめに子供対象の場合ですが、

    >「叱る」のに「怒り」が必要でしょうか?

    逆の体験なども出しましたけれど、私の考えとしては、フォーラムの時と同じく「怒り」が必要とはやはり思ってない というところに落ち着くようです。

    MaThyさんがおっしゃるように、それがベストな方法かと考えればとてもそうは思えない。
    親の必死さにしても、他に伝える方法があるわけですし、緊急回避であれば、事前の用意を含めて親の責任が大半ですし。

    そう考えると、突発的に子供に向けられた怒りっていうのは、元の感情がどうであれ親としてはやはり恥ずかしかったですね、
    子供に良い方向で伝わったことに感謝ですし、
    MaThyさんのコメント↓に賛成です。

    >後ちょっとした訂正ですが、僕も「見せても良い」とは思ってます。
    >「どっちがより良いか」というのが僕にとっては問題です。
    >で、「怒ってない時」の方が「いつもより良い」のではないか、という部分が僕の意見な訳です。


    それから「理解できないために生じる怒り」に戻りますが、例に出したケースがアンガーマネジメントの対象に含まれるとお答えいただき、少しこの本のテーマが理解できたように思いました。
    ありがとうございます。

    ところで心理学の河合隼雄さんによると、理解できない怒りや理不尽さに直面したとき、人はその対象が遠ければ遠いほど「いかり」を「おこる」に変えて身近な受け止めてくれる人にぶつけ
    感情の整理をしてゆくものだそうです。

    具体的には阪神淡路大震災で見聞きした体験から述べられていましたが、
    自宅が倒壊したり家族が死傷したりした方々の「いかり」の矛先は「地震」なわけですけれども、自然を相手にいかっても何の甲斐もなく気持ちがおさまることもありません。
    そこで「いかり」を別な形に変えて身近な人へぶつけてしまう、
    たとえば家族に「片づけが遅い」とイライラしてしまうとか。
    で、相手も何か言い返したりとか(要するにまともに受け止めている)
    そんなことを繰り返しているうちに時間もたって なんとなく(理不尽な災害への)「いかり」も消化される というようなお話です。

    隼雄さんは、「いかり」が強ければ、このような体験が長く続くし、忘れたと思った頃に繰り返し出ても来るので、そんな時は
    「ああ、**がまた出てきているな、あれはそれほど強く深い傷だったのだな」と受け止めれば良いと書いておられますが、
    このようなやり方で「いかり」を消化することも一種のアンガーマネジメントといえるのかもしれない と思います。

    「いかり」は押さえ込んでもいつか出てきてしまうものですし、押さえ込む圧力が強ければ、反動が一気に歪んだ形で出ることもありうるわけで。

    私は これほどの理不尽による「いかり」の経験はありませんけれども、日常のちょっとしたことで、上記のような感情のプロセスを経験していることはたくさんあるなーと思います。

    隼雄さんの例のような超弩級の「いかり」は別格としても、日常のことならば「ああ今私は夫にたいして怒っているけど、本当の怒りの原因は**だな」(←例)と意識し分析できれば、
    本書が目指す「アンガーマネジメント」に近くなるような気も、
    またMaThyさんがおっしゃるように別のベストな方法での解決・消化へ持ってゆける可能性もありそうに思います。

    ただ現実問題として、小人さーにんには難しそうかなあ と、
    せいぜい怒っているのを受け止めてくれている人々への感謝、在り難さを、怒っている最中であっても頭の片隅に留めておければ上出来くらいで という気が正直なところします(^ ^;)ゞ
    まあ、はじめからそう感じているので「怒りを見せても良い人と場合」なんて甘えた言い訳めいたことを言うんだと、自分でも思いますが。

  14. MaThy | URL | -

    Re: Re: アンガー・マネジメント

    さーにんさん

    返事遅くなりましてすみません。

    なんだか、一気に議論が収束しそうな予感ですね。
    二人とも「いからない」のがより良い状態だけども、「いかってしまう」のも悪くないと思ってる訳ですね。
    で、おそらく、後は「いかってしまう」方をどの程度あきらめられるか、ってところでしょうか。

    >ただ現実問題として、小人さーにんには難しそうかなあ と、

    さらに上人であるところの僕にも難しくてしょうがないんです。
    ちょっとしたことでイライラ…
    誰かと一緒にいることが申し訳なく感じてくる程です。
    しかも、僕の場合、性格にかなり問題がありますので、一度「いかって」しまいますと、人間関係に取り返しのつかない亀裂を生じてしまうことがしばしばあります。
    僕の場合、一回キレてしまうことが大事な人と二度と話せないってことにつながってくるわけです。

    たとえば、河合隼雄さんのような例の場合でも「あの時は大変だったね」で済む人もいるんでしょうが、僕の場合かなりの確率で「大変だったのはお互い様だったはずなのに、八当たりばかりして」ってことになってしいます。

    できれば無理せず自然な形で怒りを忘れてしまいたい、忘れるのが無理なら、抑え込みたい。
    この後半がさーにんさんと違うところかな、と思いますがどうでしょう?

    これもすべて僕の人徳のなさが原因だというのは、僕にとって悲しい発見ではありますが(笑)
    しかも、なかなかマネジメント自体も難しくて…
    ちょっとはマシな人間になれるんでしょうか…?
    さーにんさんのコメントを読んで返事を考えながら、改めて頑張っていきたいな、と思いました。
    ありがとうございます。

    …って終わりみたいに書いちゃいましたが、気になるところなどありましたら、またコメントいただければ幸いです。
    よろしくお願いします。

  15. さーにん | URL | -

    Re: アンガー・マネジメント

    こんにちは。

    >できれば無理せず自然な形で怒りを忘れてしまいたい、忘れるのが無理なら、抑え込みたい。
    >この後半がさーにんさんと違うところかな、と思いますがどうでしょう?

    はい、おっしゃるとおりだと思います。
    私は怒りというものは、忘れたり抑え込んだりして昇華できるものとは考えていないみたいです。
    必ず発散や消化が必要と思っているようです。
    でも、消化は内的な作業になりますから、もしかしたらここに「忘れる」や「抑え込む」が含まれるのかもしれませんね。

    こちらこそ、ご丁寧にお付き合いくださって本当にありがとうございました。
    久しぶりに対話の醍醐味、つまり、何となく分かっている気になっている自分の考えが、対話によって整理され、鮮明に明らかになっていく という体験をさせていただきました。すごく楽しかったです。これに懲りず、また機会がありましたら是非。

  16. MaThy | URL | -

    Re: Re: アンガー・マネジメント

    さーにんさん

    コメントありがとうございます。
    完全に終わりそうですね。なんだ、このちょっとした寂しさは?(笑)

    一点だけ。
    > 私は怒りというものは、忘れたり抑え込んだりして昇華できるものとは考えていないみたいです。
    > 必ず発散や消化が必要と思っているようです。

    実は、この点に関しては、僕もこんな風に思っているかもしれません。ちょっと言ってることがこんがらがってるようで、申し訳ないのですが。
    アンガーマネジメントを読んで「ストレスたまるんじゃないだろうか?」って思ってしまったのですが、その感想もこの辺りから来てるようです。
    でも、周りの人を不快にするより、ストレスを取りたいな、と。それが、とりあえずの僕の結論です。
    それにしても、「いかり」と付き合っていくのって、どこまでも悩ましいことですね。

    >これに懲りず、また機会がありましたら是非。
    僕とのまっすぐ進まない対話に懲りないさーにんさんは凄いですね。普通の人なら、それこそ「いかり」を覚えるレベルですよ(笑)
    僕も何とか、グネグネ歩きながらも、僕の意見らしきものに到達できました。
    本当にありがとうございます。
    また是非、よろしくお願いします。

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