はじめて考えるときのように

2006年05月11日 17:51

『はじめて考えるときのように?「わかる」ための哲学的道案内?』
野矢茂樹 文/植田真 絵

この本は「考える」ことについて考えるとてもやさしい哲学の本である。
内容は、まずは考えるってどういうことか?というお話から始まり、問いの話、論理的に考える話、言葉の話、境界の話、そして自分の頭の中で考える話と、ゆっくりお話が進められていく。
ざっくりまとめると、『考える』ってこんな時のこんな感じで、こういう風にするもんなんじゃない?って感じのことを言っている本だと思う。違うかもしれないけど。

この本に対する一番初めの感想は『面白かった』である。そして、きれいだとも思った。
野矢さんがとても大切にしてきたことがとてもよくうかがえる作りであった。

どこから誉めてみようか?
じゃあ、本それ自体からいってみよう。
この本は、パラパラめくってみるだけで分かるがとても『人に優しい』のである。字の色、字の間隔、そして植田さんの絵。何をとっても優しさが伝わってくる。

内容もとても優しい。易しいのではない。優しいのだ。
お話の進め方、一つ一つの例、問題、そして結論。何かしら、壊してはダメなものが野矢さんの中にあったのかもしれない。僕は、それが人の『考える』ということに対する可能性のような気がする。
文字にしてきっちり論じてしまうことで、無限の広がりがあるはずの世界を硬い枠で覆ってしまうことは、この本では絶対してはいけないことだったと思うのである。

内容は優しいのに、いやむしろだからこそ、難しい本であると思う。
ここに書いてあることは理解できる。でも、きっとそれでも何かが残る。何か解決しなければならないことがあるような、そんな気持ちが残る。突きつけられなかった分、ちょっとタチの悪い難易度である。

僕の心もとない予想では、どんなに優しくても『考える』ということに対してかけられた覆いが、意外と重いのではないか?ということである。これを読み終わった後も、考えるというのがどういうことか?という疑問が僕の中で消えないのだ。

気に入ったことがあるのでそこだけ書き留めておこう。どうせ一生忘れないけど。
僕がとても気分が良かったのは「論理は考えないためにある」という文である。簡単に言うと、論理とはとても強力な考えるための道具だ、ということだと思う。少し適当に言い過ぎたかもしれないけれど、こういう理解しかできなかったのだ。仕方ない。
とにかく、何だかとても希望に満ちている気がしたのである。実は、頭の働きとかってもっとすごいんじゃね?みたいな感じだ。
この可能性自体は本を通して感じることができたが、何だかやっぱり目から鱗というか、まあ、僕もミーハーだってことなんだろう。

とりあえず、野矢さんの書く本は日本語がとても素晴らしい。時間つぶしで読むのはもったいないかもしれないが、そういうつもりで読んでも、実はストレスなく読めるのだろう。そして、すっきりさせつつ、何かを残していく。いつものパターンだ。

アマゾンのレビューのリンクだけはっておこう。
やっぱりそこそこ評価はいいようだ。

ちなみに僕も★★★★★(星5つ)
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